岡知沙登
放送大学学園アナウンサーとして活躍し、現在イベント・式典等の司会・MCとして活動中。



第2回
日本

第1回
インド





日本編〜千葉県幕張の放送大学学園から

さて今回は、世界の中の日本、千葉県幕張からの紀行をお届けします。
私が専属アナウンサーとして5年近くお世話になった放送大学は、千葉県幕張で放送授業を制作し、そこの電波塔から東京タワーに電波を発信し、日本全国に放送授業を届けています。
在籍していた頃は、授業番組の合間の学生の方向け情報番組「大学の窓」を担当していました。

現在の「大学の窓」のスタジオです。番組はこのようなセットでカメラを配置して収録していきます。今も当時も放送大学で学ぶ学生の方のために、全国で学ぶ学生の方を取材し、励みとなるような番組を作っています。
電話でアポイントメントをとるところから、リサーチ・チポート・インタビュー・番組台本作り・ラジオ編集、そして本番の放送と、15分の情報番組の為に3週間近く費やして、番組を作っていきます。

専属契約を卒業してからナレーションや放送授業番組に呼んで頂いて、「特別講義」のナレーションや、テレビ・ラジオの授業番組に出演させて頂きました。
今年度は「心理臨床とイメージ」というテレビの授業番組に出演しています。
第7回、第8回、第14回と出演し、風景描画法で絵を描き、診断して頂いたり、担当の山中康裕先生と一緒に授業を進めています。
さて、テレビの収録はこのような広いスタジオで行うことが多いです。毎回大道具さんがセットを変えて下さって収録を行います。
来年度、私は2つの授業番組に出演させて頂く事になり、収録を終えました。
テレビは「ドイツ語入門I」、ラジオは「特別支援教育基礎論」に出演します。
ドイツ語の方は全くの初心者で、ゼロからスタートする模様が出ているので、なんともお恥ずかしい限りですが、主任講師の清野智昭先生に毎回しごきを受けています。
収録番組なので、録り直しが出来るのですが、ライブで間違える姿が親近感があるそうで(丸めこまれ?!)そのまま遣われています。
先生も私が間違えないと退屈そうでした(笑)

私は大学卒業後、専門学校に2年間か良い、小学校と幼稚園教諭の2種免許を取得しました。
放送大学で勤務中、教員向けの放送授業があり、せっかくなので、学生の皆さんと一緒に学んでみようと、レポートやテストを受け、特殊教育教諭免許と司書教諭免許を取りました。
社会人になってから学ぶと、学生時代、授業をサボってバイトしていたことや、授業中にマンガを読んでいたこと、寝ていたことなど、何もかもが勿体なく、もっとちゃんとやっておくんだった…と思うばかり。

こちらはラジオの講義の中で3回ご一緒させて頂いた川村久先生と、収録中にパチリ。45分の授業番組を1日で2本ないし3本録ることもあります。主に先生がお話になられて、講義を進めるので、たくさんお話になられる先生は大変です!
2011年度開設科目「特別支援教育基礎論」の主任講師は、吉田昌義先生です。

さて、テレビもラジオももちろん喋り手だけで録ることは出来ません。スタジオには出演者の他に、アシスタントディレクター、カメラマン(授業番組だと3人)、照明さん、メイクさんの方々等々。
そしてスタジオの他にマスター室があり、ディレクター、スイッチャーのTDさん(3台のカメラで録っているものを今どの映像を使うか切り替えます)、音声さん、ノルマル(グラフやマンガなど解りやすい図の解説)担当の方など、本当にたくさんの方が、1つの番組の為に動いています。

こちらはクロマキーというものです。例えば、天気予報の番組の時に、日本地図の上に気象予報士が乗って話しているような事がありますが、それはこのようなブルーの背景をバックに喋り手を撮影し、地図の画面にその絵を載せると出来る絵柄です。
青い色の洋服を着てしまうと、そこが透けてしまうので、そういう場所では青い洋服を着ません。
私が在籍していた平成18年に放送大学も、地デジに移行し、私がその番組を担当していました。その時に1度だけ、このクロマキーで撮影したことがありますが、このようにとても色鮮やかな青色です。

放送大学は、今、首都圏では地デジの12CHで映りますので、身近に感じて頂けるようになったかもしれません。
賑やかなテレビ番組が多い中、放送大学の授業番組を見て過ごすのも良いと思います。
1回〜15回という放送授業番組ですと途中からになりますが、毎日20時からは「時別講義」といって、1回きりの番組をやっています。
「特別講義」には、放送大学もとても力を入れていて、見応えのある番組が多いので、是非ご覧になってみて下さい。

以上、今回は、千葉の幕張スタジオからお届けしました☆★☆




クリックで画像表示


ハマる人は繰り返し訪れ、もう二度と行きたくないという人もいるという不思議な国、インド。
一生に一度は行ってみたいと思っていた国への旅を決めたのは、ビザ申請もギリギリの1ヶ月前。少し前にゴタゴタしていた私の身辺が落ち着いたところで、まるで招かれるようなタイミングでした。
訪問先は駐在でデリー2年ほど暮らし、現地で出産まで経験した逞しい同級生のお宅。彼らの日本への帰国が決まり、ラストチャンスで滑り込んでお世話になることに!「あり得ないようなことも多いけどびっくりしないでね」という友人の言葉を胸に、情緒たっぷりのエアインディアでいざ出発。

ベルトをして救命胴衣の説明を受けて後は飛び立つのを……あれ?
頭上の荷物の扉が我々の所だけ全て開いたまま・・・
客室乗務員の視界に入らないわけはないのに閉める気配が一向になし。
ふと前の棚を見上げるとギュウギュウに大きな荷物が。
身の危険を感じた私は椅子の上に立ち閉めてみることに。
すると、乗客のインド人ら皆が立ち上がりあちこちで自らの手で扉をしまいこむことに!
期待を裏切らないインド旅行の幕開けです^^

デリー初日は市場へ行き、インド服パンジャビを作りました。
一枚の布をまとうサリーは初心者にはハードルが高く、 ワンピース、ゆったりパンツ、ストールがセットになったパンジャビを購入。
好きなデザインを選んで採寸してもらい数時間後には完成。

気分はすっかりインド人。さぁ観光スタート!

最初に訪れたのはフマーユーン廟。
ムガル皇帝フマーユーンの死後王妃が建築。
タージマハールに大きな影響を与えたと言われています。
雄大な廟を前に暫し無言に。異国へ来た実感をグッと深めてくれました。

続いて訪れたのはサルナート。ブッダが初めて説法を説いた地とされています。
一時は弾圧を受けて衰退した仏教も今は10%程に回復。
この日も説法は行われ、さながら手塚治の世界。
今インドはヒンドゥー教、イスラム教、仏教と3つの宗教が混在しています。

翌日、今回の旅で最も楽しみにしていたヴァラナシへ。
南から北へとガンジス川が流れる地域でヒンドゥー教の聖域とされています。
日の出には沐浴なども多く行われます。
早起きをして船に乗り、川上からの日の出を崇めることに。
7種の花に火を灯し、祈りをこめて川に流します。
川岸から神を祭る歌と笛の音が聞こえる中あらわれたのは、これまでに見たこともない幻想的な日の出でした!
心がすっと研ぎ澄まされ、新しい自分に生まれ変わったような、そんな気持ちになる朝を迎えることができました。

さて、インドを歩いていると悠々自適と歩く牛や猿の姿をよく見かけます。
ヒンドゥー教では牛や猿は神とされている為、祭られ、道でも最優先で尊重されています。

旅の終盤、いよいよ、インドといえば!世界遺産のタージマハールへ。

ムガル帝国シャー・ジャハーンが妻の死を悼み、22年もの歳月をかけ建築した霊廟。
大理石をインド中から集め、宝石・鉱石も数多くはめ込まれ、 国が潰れるほどの歳費をかけたと言われています。
朝靄の中訪れたタージマハールはまさに荘厳。
后はどんな気持ちでここで眠っているのでしょう・・・
なんと手が込み美しい装飾なのでしょう!溜息の連続でした。

最後の観光地はムガル帝国で3代に渡って使用された 赤砂石で作られたアグラ城塞。
白大理石を使った立派な宮殿も中に残っています。

カレーも沢山食べましたが、日本で食べる主張の強い味わいではなく、 様々な香辛料が融合されて、調和のとれた美味しさでした。
刺激物という印象が強かったインドカレーですが、南インドでは体に優しく調合されるなど、むしろ健康を気遣う食でもあるようです。
つい先日インド料理を日本で食べましたが脂っこかったなぁ・・・

旅行中、現地の人に良く聞かれたのが「インド好きか?」という言葉。
「とても好きになった。大満喫している。」と答えると皆本当に嬉しそうにします。
カーストの名残もあり、暮らしぶりも多様ですが、自国を愛するインド人。
幸せか?という問いに対し、国民の90%が“自分は幸せである”と答えるのだそうです。

ちょっとルーズでちょっぴり嘘つきで照れ屋でとっても純粋な愛すべき国民性。
必要ないものは自然と削ぎ落とされていて、人間の本来の姿ってこんな風なのかもしれない、と感じました。

私にとっては本当に心地いい国で、身も心も浄化された旅になりました。
穏やかで優しい自分に出会えるインド、お勧めです☆★☆